ブランドの起源と〈文体〉

部分最適にならないためにブランディングが必要とされる一方で、昨日の正解を繰り返すだけでは環境の変化に対応できません。企業は新しい事業をはじめることもあれば、古い事業を畳むこともあります。人は加わっては去り、サービスは拡張したりピボットして、顧客との関係も日々変わっていきます。変わり続けなければならないにもかかわらず、変わってしまうと同じブランドではいられない。ブランディングは、この二つの要請の間で葛藤する活動です。

「一貫性」が大事だと言われるブランディングで、同じ形を繰り返さず同じブランドであり続けることは可能なのか。その答えを、ブランドという言葉の起源をたどりながら考えてみます。

火、焼印、痕、記号

英語のブランド(brand)は、もともと火や炎、燃える木片や松明を指す言葉でした※1。この語には、燃焼という作用とそれを運ぶ物とが、分かちがたく重なっています。

14世紀末から15世紀初頭に、この言葉の動詞(to brand)は、「焼印を押す」「傷を焼灼する」を表していました。15世紀半ばには、そこから転じて「汚名を着せる」という意味になります。さらに16世紀には、「熱した鉄でつけられた痕」を指す名詞となり、焼印を押すための鉄器をブランドと呼ぶ用例が出てきたのは意外に遅く、19世紀と記録されています※2

焼印の歴史は、ブランドと名づけられるよりはるか以前からあり、古代エジプトの壁画には、家畜へ焼印を押す様子が描かれています※3。ひとつの焼印は、別の牛にも、また別の牛にも、同じ痕を残す。そのとき焼印は、複数の個体に同一性を与えるための反復可能な装置になっています。その印は、台帳に登録され、照合され、共同体に同じものとして読まれ続けることで機能しました。火は痕を残しますが、痕の同一性を約束したのは制度でした※4

この同一性は、個体の内側から生じたものではなく、外から与えられたものです。ブランドがまだ火の意味でしかなかった頃から、印を押すという行為は、「誰が、誰に、どのような意味を刻むのか」という権力の問題を含んでいました。

焼印の鉄には、あらかじめ図形が備わっており、その輪郭に沿った印を対象に刻みます。固い型に熱を通すことで、形が反復できるようになる。brand-new(真新しい)という言葉には、「炉から出たばかりの品物」という火の記憶が、今も残っています※5

ブランドの起源である火は、対象そのものを変質させます。炎という短く儚い出来事が、物質のなかに長く残る痕跡へと変わる。熱した鉄は皮膚に痕を残し、木の表面を炭化させる。印は対象とともに移動し、簡単には外れない。この性質を道具にしたのが焼印でした。焼印によって付けられた痕は、やがて所有や来歴を読み取らせる記号になっていきます。

印が無形資産になるまで

中世ヨーロッパでは、布や工芸品に作り手の印がつけられていました。その目的は、権利の保護ではなく、責任の所在を確保することでした。13世紀のイングランドでパン職人に印が義務づけられたのも、粗悪なパンの作り手を特定するためでした※6。印は品質に責任を負う署名として働いていました。

産業革命で大量の商品が遠くまで流通するようになると、出所を保証する記号が必要になります。19世紀後半には、商標登録と国際的保護の枠組みが整い、作り手は印そのものを財産として所有できるようになりました※7。印は、責任の所在から、評判を累積する資産へと変わったのです。

20世紀に入ると、流通網と複製技術によって、ブランドの名前やパッケージや看板は、市場のあらゆる場所で反復されるようになりました。ブランドは人の心に生まれるイメージや信頼、人格、無形資産として理解されはじめます※8。火からはじまった言葉は、焼く行為になり、痕になり、記号になって、ついには表象にまで至りました。「印象」という言葉に「印」が含まれるように、ブランドイメージは心に押された印です。物そのものが不在でも、ブランドは心のなかに立ち上がる。

今日のブランドは、デジタルプロダクトやSNS、店舗、採用、営業、社内制度まで、異なる目的と形式を持つ場所に及びます。形の同一性だけを求めれば、ブランドは変化に対して硬直し、場面ごとの最適化だけを優先すれば、一貫性を失ってしまう。それでも、すぐれたブランドは、異なるものを同じものとして感じさせる。表現ではなく表象に同一性がある。そこで一貫しているのは、色や形そのものではなく、色や形を選んで世界へ差し出す姿勢の方です。

この「同じでないもののなかにある同じもの」を明らかにするために、フランスの哲学者モーリス・メルロ=ポンティが論じた「スティル」という概念を手がかりに考えてみたいと思います。

スタイルの手前にあるもの

「スティル(le style)」とは、英語のスタイルにあたるフランス語で、様式、文体、流儀などと訳されます※9。注意が必要なのは、日常的に使われるスタイルという言葉とは、意味しているものが違うことです。完成した表現として「見えるもの」がスタイルだとすれば、その表現が生まれる場所で表現を支えている「見えないもの」が「スティル」です。

たとえば絵画において、作者の「スティル」は固有のものですが、それは作品に繰り返されるモチーフや技法ではありません。「スティル」は、世界を絵に変えるときの作者の癖のようなものです。癖そのものは、目に見えません。目に見えるのは、癖が生んだ結果、つまりスタイルです。

誰もが見慣れた世界の見え方から、その絵が持っている共通の距離。これをメルロ=ポンティは偏差と呼びました。同じ風景を前にしても、どこに密度を感じ、何を見て、画面をどう組み立てるかは、作者の身体と世界の関わり方が決めています。ひとつの絵にある無数の要素が、羅針盤の針のように、すべて同じひとつの偏差を指す。その偏差は、次の絵でも、その次の絵でも反復される。「スティル」とは、この偏差を生じさせる癖のことです。

作者は最初から自分の「スティル」を定義して、それを作品に適用するわけではありません。見ることと描くことを重ねるうちに、複数の作品に共通する偏りが輪郭を持ち、あとから「スティル」として見出される。スタイルとして人の目に映るものは、「スティル」が残した痕跡です。「スティル」は、個々の対象を同じ形に収めるのではなく、異なる対象を別の異なる形にして、同じ偏差へと引き寄せていく。対象が変われば表現も変わるが、その変わり方は変わらない※10

それでも、「スティル」において、固有性と同一性は矛盾しません。作者に固有のものであることと、すべての作品で変わらないこと。この二つは別の性質ではなく、他の作者と比べるか、同じ作者の他の作品と比べるかの違いにすぎません。

焼印と「スティル」には、共通する構造があります。焼印を押された牛たちは、異なる身体を持ちながら、同じ型から生まれた痕によって、ひとつの帰属を示します。同じ作者の作品は、描く対象が異なっても、同じ偏差を宿していることで、ひとつの「スティル」が読みとられます。どちらも異なる対象を横断して、同じ傾向が反復されることで、ひとまとまりのものとして認識されます。

重要なのは、焼印と「スティル」では、反復が逆の順序でおこなわれていることです。焼印の型は、あらかじめ決められており、個々の痕を同じ形として回収します。「スティル」は、反復のあとに形が見出され、表現のたびに更新されます。焼印が静的な同一性だとすれば、同じ変わり方を反復する「スティル」は動的な同一性と言えます。

〈文体〉という判断基準

今日ブランドは、人格として受け止められるようになり、その同一性を支えるのは形や色だけでなく、コミュニケーションの姿勢や態度にまで広がっています。同じブランドであり続けるために反復すべきなのは、表現される形ではなく、表現を生み出す判断です。ブランドを支えるのは、表現の同一性ではなく、異なる表現をひとつの志向へと導く判断の一貫性。ブランドは、同じ形を複製する技術から、「スティル」を形成する営みへと変わったように感じます。

異なる対象を貫いて、同じ偏差が反復される。この「スティル」の構造を、OVERKASTは〈文体〉という言葉で引き受けました。〈文体〉とは、表現に先立って働くブランド固有の知覚と判断の偏りを、運用できる基準として書き出したものです。何を見て、どう判断するのかが、人間とAIの両方に読める言葉になります。

〈文体〉をテキストに限定するのは、AIが表現の技術基盤になり、自然言語による判断基準が、ブランドのテキストとデザインにまで展開できるようになったからです。〈文〉は思想や語り口で、〈体〉は形やふるまいの様式。いずれも〈文体〉によって生成され実装されます。〈文体〉は、〈文〉つまり言葉になっても、〈体〉つまり身体を手放しません。だからこそ、そこから声と形が生み出されるのです。

文章や画像やコミュニケーションにおいて、お手本と禁止事項を並べるだけでは、一貫性を保つことができません。人にもAIにも、ブランドがどのように判断するのかが伝わり、まだ存在しない状況から新しい表現を生み出せる必要がある。そこで一貫する、他者との距離の取り方や関係の仕方が、そのブランドの〈文体〉になる。その生成の方位を定めることで、〈文体〉は判断基準として働くようになります。

〈文体〉は、決まった答えを保持しているのではなく、まだ答えのない状況で、新しい答えをつくる基準を持っています。〈文体〉が共有されていれば、ブランドは新しい事業や技術や媒体に出会っても、そのブランドらしさのまま応答できる。過去を複製せず、妥当な選択ができる。市場や社会や顧客の変化に応答しながら自己同一性を保てるとき、そのブランドは自律していると言えます。ブランドの固有性は、外側から発見されるものではなく、外部への応答を重ねるなかで、内側の判断として更新されていくものです。

焼印は、ひとつの型を外から押し当て、意味を固定する技術でした。しかし企業は、焼印が持っていた意味を刻み込む権力を、もう独占できなくなりました。顧客のレビューも、従業員の語りも、通りすがりの引用も、それぞれの場所からブランドの印を残します。ブランドの意味は、無数の関係の刻み合いのなかで生まれる表象になりました。

この状況でブランドにできるのは、刻む力を取り返すことではなく、関係を整えることです。具体的には、ブランドの歴史や価値観をリサーチによって掘り起こし、それを編集して判断基準にする。さまざまなデザインやヴィジョン、ミッションといった個々の取り決めの手前で働く、選び方そのものを記述する。人が読めば、前例のない状況でも、そのブランドらしい判断を下せる。AIが読めば、ブランドの声と形を生成する実装になる。判断基準を定義して、言葉、デザイン、プロダクトといったブランドのアセットを設計していく。運用のなかで得られた発見によって、また定義を書き換える。ブランドの〈文体〉は、その循環のなかで設えられていきます。

もう一度、火へ

ブランドという言葉は、火からはじまり、焼かれたもの、身体の痕になり、記号になって、表象になるという歴史をたどってきました。〈文体〉の設計は、この歴史に逆行します。

従来のブランディングにおけるロゴ、ガイドライン、デザインシステムは、焼印の型のようなものです。一度つくった型を複製して、あらゆる接点に同じ痕を残していく。その型が原本とされていました。〈文体〉によるブランディングは、この配置を組み替え、原本の位置を型から火に戻します。

型が要らなくなるわけではありません。しかし型は、完成された原本ではなく、火で何度でも鍛えなおすことができる。状況が変われば、型は火に戻され、打ちなおされる。守られているのは型ではなく、型を変形させる判断の熱、つまり〈文体〉です。〈文体〉においては、火が同一性を保証するもので、型がその都度の手段になります。

型の同一性は静止した形にあり、火の同一性は燃え続ける運動にしかない。しかし、火は放っておけば消えます。薪を足し、風を送り、絶やさずに燃やし続けなければなりません。〈文体〉は、火の番をするように、育てていくものなのです。そして、ブランドの語源である松明のように、書かれた〈文体〉も、判断の熱を、人からAIへ、AIから人へと引き継ぎながら、関係者の隅々まで運んでいく。

だから、OVERKASTは「ブランドの〈文体〉を設計する」ことが、ブランドを持続させることだと考えています。炎の形が変わっても、火は火であり続ける。すでにある固有性を反復するのではなく、何度もブランドを焼きつけ、ブランドと顧客、経営と制作、過去と未来の間に生まれる判断を編集し、そこに一貫した偏差を見出していく。ブランドは、同じものを繰り返すから続くのではなく、異なるものを同じ〈文体〉でつくりながら変わり続けられるから続くのです。※1

  • ※1 古英語“brand / brond”の語義(火、炎、火による破壊、燃える木片、松明、詩語としての剣)と、それがゲルマン祖語“brandaz”に遡ることは、Bosworth-Toller Anglo-Saxon Dictionary、Middle English Dictionary、およびAnatoly Liberman “English ‘brand’ and the etymology of ‘sword'”(OUPblog, 2020)による。

     

    ※2 動詞“to brand”が1400年ごろに「熱した鉄で印を押す」「焼灼する」「汚名を着せる」を、15世紀半ばに比喩としての「汚名を着せる」を表すようになった経緯、名詞義「熱した鉄でつけた痕」の1550年代の記録、鉄器そのものを指す語義の1828年の記録は、Middle English Dictionary、Online Etymology Dictionary、Webster’s Dictionaryによる。これらの年代は語義の発生年ではなく、辞書編纂上確認された初期の用例とされる。

     

    ※3 家畜への焼印が前2700年ごろのエジプトに遡ることは、Karev, “‘Mark them with my Mark’: Human Branding in Egypt”(Journal of Egyptian Archaeology, 2022)、Moore & Reid, “The Birth of Brand: 4000 Years of Branding”(Business History, 2008)による。

     

    ※4 焼印の痕が治癒と成長にともなって変形すること、それを同一の印たらしめるのが登録簿・照合・慣行という制度であることは、Tolleson & Schafer(Translational Animal Science, 2021)、および Library of Congress”Irons”による。

     

    ※5 ”brand-new”と炉・鍛冶の関連は、Merriam-Webster “The History of ‘Bran(d)-new'”による。

     

    ※6 1266年のパン職人へのマーク義務(Assize of Bread and Ale)と、中世のマークが権利ではなく責任として課されたことは、Frank Schechter, The Historical Foundations of the Law Relating to Trade-Marks(1925)による。

     

    ※7 フランスの1857年法、イギリスの1875年のTrade Marks Registration Actと1876年の中央登録簿開設、1883年のパリ条約による国際的保護の開始は、Schechter(1925)、WIPO、および UK National Archivesの商標史資料による。

     

    ※8 ブランドが心理的イメージ・人格・無形資産として理解される20世紀の展開は、Gardner & Levy, “The Product and the Brand”(Harvard Business Review, 1955)、David A. Aaker, Managing Brand Equity(1991)、Kevin Lane Keller(Journal of Marketing, 1993)による。

     

    ※9 「スティル」および「偏差(écart)」について、モーリス・メルロ=ポンティ「間接的言語と沈黙の声」(『シーニュ』所収)、「間接的言語」(『世界の散文』所収)、および鷲田清一『メルロ=ポンティ 可逆性』による。完成した表現としての「スタイル」と、その手前にある作者の身体に根ざした様態「スティル」との区別は、ロラン・バルト『零度のエクリチュール』の議論を踏まえた。

     

    ※10 『人工美学』においてレフ・マノヴィッチが指摘するように、ある種の「スタイル」を持つ作家はAIが模倣しやすく、マルセル・デュシャンのように毎回コンセプトを練りなおす作家は模倣しにくい。しかしデュシャンの作品には共通する偏差があり、それを生じさせるのが、本稿で「スティル」と呼んでいるもの。

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